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2010年も残すところあと4日。ということで、私の中で2010年に輝いていたスポーツ選手ベスト3を!!

1位 白鵬翔

自分自身が相撲好きということもあるが、本当に文句なしの1位だと思っている。
「相撲道」という我が国の国技を、一人の外国から来た横綱に、というかもはや国籍は関係なく、間違いなく今の相撲界で最も「相撲道」を極めた男によって救ってもらった。
朝青龍の引退、野球賭博問題と暗い話題が立て続いた中、大横綱双葉山の連勝記録への挑戦、前人未到の2年連続の年間86勝など、「自分自身との闘い」というスポーツの中で最も過酷な闘いを一年間続けた。
来年は是非とも今度こそ双葉山の69連勝、できれば年間90連勝を狙って欲しい。


2位 島袋洋奨

松坂大輔選手を擁した横浜高校以来の12年ぶりの春夏連覇を達成。
こうしたランキングで名前を見ることはあまりないと思われるが、本当に偉業だと思う。
12年前の夏と比べて、ご存じのように本当に今年の夏は異常なほど暑く、多くの投手がボロボロになる中、ほぼ一人で投げ切ったのは本当に立派であり、なかなか出来ることではない。
特に、試合の終盤になればなるほど、球速が上がり145km/hを超えるようなストレートを連発するのは、普段からの努力の賜物である。
身長が175cmにも満たず体がまだまだであるが、是非とも大学でみっちりと鍛えて、4年後のプロを目指してもらいたい。

3位 浅田真央

スポーツの世界に「タラレバ」は禁句であるが、五輪の年齢制限がなければトリノで金メダルを取れていただろうと私は今でも確信している。
トリノ五輪の2005-2006年のシーズンのグランプリファイナルを取り、まさしく彗星のごとく一躍スターにのし上がった彼女、この4年間は本当にプレッシャーとの戦いであったと思う。
私が一番感動したのは、銀メダルが確定した直後から、「次のソチ五輪で金メダルを取りに行く」と明言したことだ。
多くのアスリートが4年間の集大成の五輪を終えた直後は、「今は何も考えられない」と答える中、当時19歳の彼女の意志の強さには、頭が下がる。
現在は再びジャンプの調整で悪戦苦闘しているようであるが、2014年まではまだ残された時間は長い。是非とも「タラレバ」で終わらないよう、そして彼女の悔いのないよう、是非とも金メダルを取らせてあげたい。
(個人的には、現在の日本のフィギュア界で荒川選手が唯一の金メダリストということがどうしても解せない。というのもトリノ五輪はアメリカの新聞各紙でも史上最低のレベルと称された闘いで、どうしても「真央ちゃんが出ていたら・・・」「なんで荒川選手があんなに金メダリストとして世間に・・・」と思わざるを得ない。)


番外 ブエナビスタ

「スポーツ選手」という部類ではないかもしれないが、競馬もスポーツ、そしてアスリートの勝負。
そういう観点では、彼女のこの秋の走りは、本当に見事と言うしかない。
牡馬でさえ、秋の天皇賞→JC→有馬記念というローテーションを嫌がり、そのうちの一つをスキップする馬が多い中、牝馬で果敢に過酷なローテーションに挑戦し、1着→2着(1着から降着)→2着(2cm差)という結果には本当に感動させられた。惜しむらくはJCにしても有馬記念にしても運がちょっとだけなかったか… 
是非とも来年は、世界で史上最強牝馬の称号を手に入れて欲しい。
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by hiroaki_kakinuma | 2010-12-27 23:38
日本では、様々な分野で業界団体というものが存在するが、それがなんだか日本の発展を妨げているような気がしてならない(外国の状況は知りませんが…)。建設的な方向に作用するならまだしも、無駄に新規参入者を拒み既得権益を守ろうとしたり、特権階級意識だけを形成したり、とどうしてもネガティブなイメージが私にはついて回る。

私の中学・高校も、中学から300人、高校から100人という中高一貫校であり、中学からの持ち上がり組を「旧高」、高校編入組を「新高」と呼ぶ。高校一年生において初めてその旧高と新高が合流し、高校1年間だけは別クラスで2年以降は同じクラスになる。
わが校の最大のイベントである5月の運動会の高1の競技の騎馬戦においては、確かに「旧高は絶対に新高負けてはいけない」みたいな風潮もあったが(20年程前は「負けたら全身脱毛」とかいう過激なこともあったとか・・・)、それ以後、というかそれ以外においては、「旧高」も「新高」も全く区別なく、良い意味でお互いの価値観等も融合し、私はまさに「新高」による新しい風がわが母校をより良い学校に仕立て上げていると思う。

一つの学校の例と、経済界の業界団体を同じに扱うなということかもしれないが、世の中の物事というものは、自己変革だけではなかなか良くならないと思う。結局良くしてくれるのは、外部からの刺激だ。一人の人間を見たって、競争(外部からの刺激)があるからこそ、人間は成長するのだと思う。

そう考えると、業界団体における排他意識、特権階級意識は、本当にナンセンスとしか言いようがない。もっとマクロのレベルでいえば、日本資本、外国資本、というものを区別するのもどうなのだろうか・・・
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by hiroaki_kakinuma | 2010-12-23 22:56 | 仕事
最近、どんなメディアを見ていても、日本の今後の経済成長のためには海外、特にアジアの需要を取り込むしかない、という論調だ。ただ、その中で日本人がどう海外で外国人(特に中国人など)と向き合っていくか、付き合っていくか、ということは非常に重要な問題だとされている。

私も2年間の海外留学中に本当に様々な国の人間と知り合った。
例えば、
・クラスメートみんなでヤンキースのゲームに行く時に、自分で手を挙げておきながら、いつまでたってもお金を返さないコロンビア人
・「絶対に明日行くからね」と言いながら、絶対に来たことのないメキシコ人
・ラマダン中はヘロヘロで授業に来ることのできないカザフスタン人
などなど色々といたが、
その中でも一番「面白かった」のが下記のサモア人である。
http://www.pumpone.com/miva/merchant.mvc?Screen=CTGY&Store_Code=Y&Category_Code=1300

リンクを見て頂ければお分かりのように、彼は、フィットネスコーチ、ゴルフのコーチ、コンディショニングコーチ、などなど、スポーツに関するコンビニエンスストアの人間なのだが、私との関係で言えば、同じチームでラグビーをし、またゴルフのコーチでもあり、さらに良く飲みにも出掛けた。

で、何が「面白い」かと言うと、とにかく嘘つき(ほら吹き)なのである。
彼は自分自身のことをEtu Lifeと呼んでいるのだが、我々はEtu Liarと呼んでいる。

いくつか「ほら」を紹介すると、
・ボクシングのヘビー級のチャンピオンのコンディショニングコーチをしていた
・ラグビーの世界選抜に選ばれた
・映画に出演したことがある
などなど。

私も真偽の程を確かめたこともないのだが、まぁ、とにかく言うことは大きい。最初はなんて怪しげな人間だと思い、なかなか付き合いにくかったのだが、どうやらサモアという国の文化がそういうものだということが分かってきた。

別の友人に聞いたところ、サモアでは、非常に極端な例ではあるが、自分の兄弟が車を買ったら、「自分が車を買った」ということになってしまうらしい。(本当かよ、という感じですが・・・(多分本当に極論))

そんなサモアで育った彼も、当然そういう文化はDNAの中に流れているわけであって、紹介した「ほら」についても、
・世界チャンピオンに一回あって、コンディショニングの話をした→コーチをしていた
・世界選抜のコーチをしているときに、たまたま選手が怪我して、代わりの選手が足りなかったために、
自分が臨時でプレーした→世界選抜のメンバー入り
・映画のエキストラをやった→映画出演
というサモア式のロジックに基づいて語っているだけで、彼自身からしたら「ほら」ではないのである。

私もそうしたサモア文化が頭に入ったために、それ以後は彼と非常に付き合いやすくなり、「面白い」と感じるようになったのである。

要は、これから外国人との付き合いが多くなっていく中では、日本の常識から考えたら有り得ないことがたくさん出てくるだろう。その時に、「もう無理」と諦めるのではなく、相手の文化を理解しようとすることも若干必要なのではないだろうか。もちろん、サモア人の例はかなり特殊な例ではある。

最後に最近の彼の「ほら」を紹介しよう。

私が11月初めにオーストラリアに出張に行った時に、彼もたまたまメルボルンにいるという情報を得た。久しぶりに電話したところ、
Etu「おう、俺もメルボルンにいるよ。是非とも明日の夜飲もうじゃないか。メルボルンについたら電話してくれ」
しかし、当日になって、
Etu「メルボルンから車で2時間弱のところにいるんだよね。今日は行けるかわからん」

サモア文化からすると、メルボルンから車で2時間弱=メルボルン、なんだろう。本当に「面白い」というか、「かわいい」人間だ。
さらに、その夜はもっとかわいいことに、彼は結局深夜0時前にメルボルンに来てくれた!!

Etu Lifeは奥が深い!!
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by hiroaki_kakinuma | 2010-12-13 00:37
日本人のあだ名って、小学校の時は名字からもじったものが多かったですよね??うちの小学校なんかは本当に単純で、

小林君→こば 渡辺君→わた 鈴木君→すず
ちなみに私は「かき」でした。

最近は違うのかもしれませんが、基本は名字ベースが多いことは間違いないでしょう。



さてさて、これをアメリカに目を向けてみると、私のラグビー仲間の間では、もちろんFirst Nameをもじるのがベースになって、
Matt→Matty Ben→Benny John→Johnny
など「y」をつけるのが流行っていました。

あと面白いのが出身地に基づく呼び方で、
Justin Goonan→Tex(テキサス州出身)、Paul Abram→Goombah(イタリア出身、New YorkエリアではItalian Americanのことを指す)、Chris Otundo→Kenya(ケニア出身、もはやあだ名じゃないですね)
私は幸い「JAP」にはならず、「Hiro」か仲の良い人間からは「Kaki」でした。


最後に私の尊敬するAussie軍団は、日本と同様、名字からのあだ名が多いようで、
Matthew Prichard→Pritch、 Ryan Rogers→Rog or Rodge、 Brent Griffiths→Griff
と非常に日本的なものでした。
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by hiroaki_kakinuma | 2010-12-10 00:21
どこかの週刊誌で、「白鵬は日本人の心を強く持っていたために双葉山超えが達成できなかった」という記事があったが私もその意見には大賛成である。(そのことはいずれブログで書きたいと思うが・・・)

今の相撲界で白鵬ほど、相撲道を愛し、リスペクトし、極めようとしている力士はいるのだろうか。白鵬の様々なコメントを聞いていると、あまりに優等生過ぎて、見方によっては胡散臭ささえ漂ってしまうが、そこは逆にモンゴル人なので日本語でそこまで器用に演じることはできないだろう。つまり、白鵬ほど日本の国技である相撲を真剣に考えている力士はいないだろう。

もし今回の連勝記録が朝青龍によるものだったら・・・
「日本の国技の神聖な記録がモンゴル人によって汚される」
「元寇以来のモンゴル襲来の危機」
だとか言って、おそらく世論は1:9で反対だっただろう。

今回の白鵬は・・・
一部で「双葉山の記録は守らなければならない。(破られるとしても日本人に)」みたいな声があったが、ほとんどの日本人が、白鵬の応援団だったのではないだろうか。(私ももちろん白鵬信者)

日本という国は、世界でも稀にみる単一民族国家(もちろん、アイヌ人、在日韓国・朝鮮人もいるが)であり、スポーツを含め、あらゆる場面で日本人とその他、という区別をしてしまう。
ただ、今後日本の人口が減っていくことを考えると、おそらく今は大反対されている移民の問題だって真剣に考えなければならないだろう。

その時に、朝青龍と白鵬に対する世論の違いが明らかにするように、要は日本の文化を吸収しリスペクトしてくれる外国人だったらOKなのだろうか?

白鵬を切り口にこういったことを真剣に考えてみてはどうだろうか。
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by hiroaki_kakinuma | 2010-12-04 23:03
最近ニュースや新聞を見ていると、

・日本人の海外渡航数(主に観光)が減っている
・アメリカに留学する日本人の数が圧倒的に減っている(中国、韓国などの隣国は増えている)
・就職しても海外勤務を望まない人が増えている

などなど、日本人の内向き志向を示すような記事をたくさん見かける。

最近では、ちょっとばっかし格好をつけてグローバルな人間(?)であることをアピールしようとしている自分であるが、何を隠そう、一昔前まで(特に大学生の頃)はこうした典型的な日本人であったと(海外旅行はパッケージツアーで行きたかったですが…)。

経験者である私が考えるに、その原因は結局は「英語力の欠如」ということなんだと思う。

私自身は、高校までは受験英語はある程度の得意科目であったのだが、大学に入ってListeningなどの実践能力問われると見事にそのプライドは打ち砕かれ、「英語なんて・・・、海外なんて・・・」と考えたものである。

日本に来る観光客の一番の不安要素が言語であるように、当然のことながら外に出ようとする日本人も言語(世界共通言語ということで考えると「英語」)が不安なのは当たり前だろう。
英語に自信がないから、海外旅行には行きたくない、留学もしたくない、海外で働きたくもない、となるのだと思う。
私の以前のブログでも書いたが、外国人の友人(質・量ともに)も絶対に英語力に比例する。(海外の友達もできれば、絶対に内向きになることはない。)http://kakkieinny.exblog.jp/4512574/


前置きが長くなったが、何が言いたいかというと、結局日本が世界のグローバル競争の波から取り残されつつある大きな原因は英語教育にあるといっても過言ではない。
こうした指摘は数々の著書のなかでもされており、「教育は国家100年の計だから、時間がかかる」などといわれるが、私はそう悲観する必要はないのではないかと思う。
というのは、英語(この場合は英会話)学習というものは、「きっかけ」さえ与えれば多くの場合は、自ら勉強するようになるからだ。
英会話学校に通い始めた生徒が、外人を見るとしゃべりたくなるのが良い例だ。(もちろん性格にもよりますが)
英語教育で重要なのは、「外人恐怖症」を取り除くことではないかと思う。

ただ、今の教育では絶対にそれは達成できない。なぜなら以下の例に示すように、全く実践的なことを教えないからである。

例えば挨拶の仕方:
学校では絶対に、
A:Hello. How are you?
B:Fine thank you, and you?
非常に多くの日本人がhow are you?聞かれたら、必ずFine thank youと答えなければならないと思っているらしい。(これはウソではありません。)
また、そもそも外人が本当に挨拶代りに必ずhow are you?と聞くことも全く学校では教えない。
(ここまでは私は英会話学校に通っていたから知ってい)
さらに言えば、how are you?の代わりに、
・What's going on?
・What's up?
・What's happening?
・How's it going?
などなどの表現は全く教えてくれない。
もうちょっと言えば、こうした表現の後に男同士であると、buddie, mate, broなどがつくこともあるが、日本人からしたら???もいいところである。

これから本格的に始まる小学校での英語教育、どういう教育要領なのかは知らないが、こうした挨拶くらいはしっかり教えてはどうだろうか。小学生のうちに「外人恐怖症」が解消できれば、少なくとも今ほど内向きになることはないのではないだろうか。(もともと小学生に怖いものなどないかもしれませんが)
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by hiroaki_kakinuma | 2010-12-01 23:12