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今現在、NY時間で朝の4時過ぎです。明日というか今日の朝10時をもってして、2年間のNY留学生活を無事終え、帰国することとなります。少々酒の勢いも借りて、今の素のままの気持ちを文章にしときます。

まず初め、というか何よりも、こんな遅くまで一緒に最後まで僕のことを送別してくれる仲間がNYでも出来たことに感謝したいと思います。というか今日だけでなく、今週一週間、いや二週間はほぼ毎日のように夜は、そしてたまに昼も、誰かが僕のことを送別してくれました。本当に感謝の気持ちで一杯です。そして、送別してくれるほどの友達が出来たことを本当に光栄に思います。

自分で希望した今回の留学でしたが、正直来る前は、寂しさで一杯でした。出発日は自分自身で出来るだけ早くしたものの、その7月1日が近づくにつれ、寂しさが増すばかりでした。というのも、僕の東京での生活は本当に恵まれたものであったからです。東京では本当に多くの友人がいて、そして僕のことを支えてくれました。そんな恵まれた生活から、誰も知らないNYに行くことになったのですから、今考えればそれは不安、そして寂しさを覚えるに決まってます。

しかし、NYについてからも、運が良いことに高校の先輩等が僕のことを花火に誘ってくれたり、飲みに誘ってくれたりと、本当にありがたいことばかりでした。とはいえ、さすがに適応力があると言われている僕でも、最初は本当につらかったです。

銀行、電話等のセットアップ、何をやるにも一発では上手くいきません。お金の話をすれば、いくら損したでしょうか。そして、初めての一人暮らし・・・ しゃべるのが好きな僕には本当につらいものでした。特に、一日何もせずに夕方になったときのさびしさ、と言えば、何にも言い換えられないものがありました。

自分で望んだ留学ですが、本当に本当に何回も日本に帰りたい、と思いました。どうにかして日本に帰る理由ができないものかとも思いました。やはり日本に帰ってはいけないという規則が、本当に心に重くのしかかりました。きっと日本に帰ってもいいという制度であったのなら、そこまで悩まなかったと思いますが、本当に心から悩みましたし、つらい思いをしました。

普段は前向きな僕も後ろ向きになった時期がありました。親にもいつも電話で、「帰りたい」と愚痴をこぼしました。親、そして友達には冗談ぽく言っていましたが、心の中では結構本気でした。やっぱり寂しかったです。男として寂しがり屋は情けない、と思いながらも本当に寂しかったです。そんな時、ふと高校時代の運動会のビデオを見たりして、自分の人生の原点を思い出したり、過去の栄光(??)にすがったりしていました。今考えるとありえません。しかしそれが現実でした。

4ヶ月の夏休み、こんな寂しがり屋の僕に過ごせるだろうか、と本気で思いました。すると夏休み前に、こんな僕を決定的に変える一言を、ある高校の先輩がくれました。「開成健児だったら、夏休みは思いっきり遊べ。」と。この先輩は僕と一緒にタクシーで自宅に帰る途中でこの言葉を僕に言ってくれました。何気ない一言だったのかもしれませんが、この言葉で僕は目覚めました。と同時に、これまでの自分が凄い恥ずかしくなりました。自分は自分の原点と定めている高校で、何を学んだんだろうか、って思いました。

明らかにその後の僕は変わりました。一人でいることを苦にしなくなりました。もちろん、誰かといた方が楽しいに決まってますが・・・要は一人なら一人でしかできないことをしよう、と思いはじめました。

その後、ボストン在住の高校の友達がNYにきてくれたとき、サンフランシスコ在住のいとこが、僕に「せっかく留学に来ているんだったら、なるべく外人とつるんだ方が良いよ」と言ってくれました。そんなことは当然、留学来る前から分かってました。しかし、寂しさのあまり、そして一緒にいる時間の気楽さから、僕はどうしても日本人とつるむ傾向にありました。

それ以来、別に日本人を避けたわけではありませんが、できることならせっかくなら外人と遊ぼうと思うようになりました。確かにそれ以来、英語は伸びたでしょうか。その時から、オージーとのお遊びは始まったのかも知れません。

結局、心配した4ヶ月の夏休みも、自分の中で、一日たりとも無駄な一日がなかった思えるくらい充実した夏休みを過ごすことが出来ました。そこからは本当にこの留学生活が軌道に乗ったと言えると思います。まさに自分が留学前に自分が思い描いていたような留学生活に・・・

週末は基本的にオージーの友達と毎週のように遊びました。ラグビーの友達とも毎週のように飲みに行きました。英語はさっぱり分からないことも多々ありましたが、言葉を気持ちでカバーしました。すると、彼らと本当に心の底から打ち解けることが出来ました。

そんな流れの中で今年からはPritchとルームシェアを初め、生活の基本がオージーとなりました。それとともに、様々な要因が重なって、自分の中でラグビーの主が、外人チームのOld BlueからNew York Japaneseに移っていきました。最後の半年、本気でこのチームに結構はまってしまいました。そのおかげで、日本人の素晴らしい友人も出来ました。それまでは開成の先輩、そしてコロンビア大学くらいしか日本人のつながりがなかったのが、一気に増えました。このことは本当に自分の中で大きな財産となりました。この半年は、ほとんどこのNew York Japaneseのメンバーと時間を共有したような気さえします。

てな具合で、明日日本に帰ります。

今日は朝からラグビーの大会に行き、日本人チームとOld Blueの馬鹿仲間チームの両方でプレーしました。最高でした!! そしてまずはオージー軍団とジョーズ上海に行き、その後のみに行き、日本人ラグビー仲間とも合流し、本当に最高の時間を過ごしました。

本当にNY最高でした。人生で最高の2年間だったかもしれません。でもこれも本当に皆さんに支えられたおかげです。本当にありがとうございました。

日本に帰ってから、この経験を生かして頑張ります。でかくなります。Big Boyです。てかBig Boyにならないといけません。

ありがとうNew York!! さようならNew York!!
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昨日の土曜日、New York Japaneseでトーナメントに参加してきました。この大会が僕のニューヨーク生活最後の15人制ラグビーだったため、それだけでも特別だったのですが、この日は僕のために、「最後に一緒にラグビーを」ということで、親友Pritchも来てくれました。

集合時間は、7時と普段土曜日は10時過ぎまで寝ているPritchにはとても厳しい時間だったのですが、カッキーの最後の15人制ラグビーだから、と6時にちゃんと起きてくれて、一緒にNew York Japaneseのためにプレーしてくれました。試合前日には、「明日は、最後まで負けている展開で、そこでPritchがボールをもらって独走トライで、Japanese Girlのサポーター達がみんなPritchに惚れる」とかくだらないシナリオを考えていた彼ですが、わざわざ僕のために来てくれた、この彼の気持ち、本当に本当に嬉しかったです。

彼とはOld Blueでもちろん何回もプレーしたことがあったのですが、去年一年間は秋は彼が、春は僕がOld Blueでプレーしていなかったので、一緒にプレーはおろか、練習さえ一緒にしたことがありませんでした。こんなに仲良くなってから一緒にプレーしたことはなかったのです。そんな僕の気持ちを踏んで、彼は来てくれたのでしょう。

試合の方は、決勝でOld Blueとしてでも何回か戦ったことのあるWhite Plainsというチームに惜しくも14-17で負けてしまいましたが、最後の試合もJapanらしく全員でタックルに行き、悔いのない戦いをしました。

こんな僕をプレーさせてくれたNew York Japaneseの皆さんには本当に感謝の気持ちで一杯です。怪我したりなんだりで、ラグビーへのモチベーションを失っていた僕に、再びラグビーの面白さを教えてくれたのは、New York Japaneseのみんなでした。みんなで行ったBoston遠征、Los Angels遠征、Long Islandトーナメント、試合前のミーティング、試合後の飲み会、全てが本当に良い思い出です。留学生活、最後の半年が本当に一番充実していたのですが、これもNew York Japaneseでラグビーが出来たからです。考えてみれば、一週間の生活の流れは、New York Japanseが中心に合った気がします。

最後にPritch、一緒に試合が出来て本当に本当に一生の思い出になりました。実際問題、僕は先月の怪我、脳震盪の影響でコンディションは決して良いものではありませんでしたが、Pritchと帰国前に一緒に試合できて、本当に良かったです。彼のタックル、アタック、全てが見る者を魅了する、本物でした。普段は単なる自分のことをこよなく愛するお馬鹿さんですが、本当に彼のプレーはすごい、日本代表よりも明らかに上でしょう。でも彼の本当に立派なところは、試合中でも、プレー中の合間は常にいつもと変わらずニコニコしているところです。本当にいい奴です。

合言葉は、Big Boy Only Young!! です。
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by hiroaki_kakinuma | 2007-06-13 12:12 | ラグビー
NY生活も残り20日をいよいよ切りました。本当に感傷的な気分の今日この頃です。Pritch君にとっては、僕の後釜のルームメート探しが急を帯びてきました。

本当はラグビー仲間の誰かが良いようなんですが、どうやら家賃とかの問題でそれは無理そうなので、彼はこちらの広告のClaigslistというところにルームメート募集の広告を出すこととしました。

すると、メールが来ること来ること、たった一日で30通は来たみたいです。悪い子であるPritch君は、どういう考えか知りませんが、そこには男であることを明かしていません。そのため女の子からもじゃんじゃんメールが来ています。

今日はルームメート選定作業を僕のパソコンを借りて行っていました。

以下がその手順です。

1.男からのメールを削除。

2.女の子からのメールは、こちらのソーシャルネットワークサービスのFacebookかMyspaceで名前、メアドを検索し、写真があるかないかをチェック。登録のない人は削除。

ということで、残ったのは写真を見てかわいいと思った女の子のみ。その後、彼は部屋の説明、マンション全体の説明をつけた上で、自分が男であると明かしたメールを選考に残った全員に送っていました。

彼はルームメートに何を求めているのでしょうか?? 個人的にはルームメートが女の子になると非常にいろいろなことがやりにくくなると思うんですが、彼は何を考えているのでしょうか。聞いたところによると、彼のサクセスストーリーとしては、ルームメートの友達も非常に重要で、彼女達が遊びに来たときに、

「Oh, you have a very good roommate. He is very cool. I wanna talk to him.」といった感じになる、ということらしいです。

本当に楽観的、そして自分に自信満々です。

さぁ、一体彼の新たなルームメート、どんな子、そしてどれだけかわいい女の子に落ち着くのでしょうか??
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