カテゴリ:仕事( 10 )

どうも観光行政に携わっていると、行政の政策、新聞報道等々で違和感を感じることが多い。

・競い合って行われる各自治体の首長によるトッププロモーション
・政治的思惑が先行した「見せかけの」連携によるプロモーション
・震災復興を謳った政策目的の不明な補助制度の創設
などなど枚挙にいとまがない。

なぜこうしたことになってしまうのか?

大きな原因として、国家として観光を推進していくことの目的が、少子高齢化に直面した我が国の経済活性化の側面からのみ捉えられすぎなのではないかと思う。
自分自身、観光政策をもっと産業政策の観点から考えるべき(例:旅行業者のグローバル競争力の強化、ホテル・旅館業のグローバル化など)と思っているが、そうした議論ではなくもっと短絡的な思想が蔓延っている気がする。

こうした意味では、観光のアウトカムを人数「だけ」で測ること、そしてそのために中国人をとにかく誘致する、という考えは非常に浅はかだと思う。

僕が強調したいのは、まさに「観光」の語源にもある「国の光を観せる」ということだ。

日本という国は、文化、伝統、自然、食べ物などなど、そして何より人間、もっと世界に誇っていい国なのではないだろうか。外国人が日本を訪れて満足しないわけはない。きっと、日本が好きになって、そして、心がより豊かになって帰ってくれるはずだ。(外国人が心が豊かじゃない、と言っているわけではない)

より現実的な話をすれば、多くの外国人が本当の「日本」というものを理解してくれれば、経済面でも国家安全保障面でも、日本にとって良い方向に動かないはずがない。

観光政策というものを絶対に一時的な経済活性化策として捉えるべきではない。より長期的な国家プロジェクトとして多角的な視野で推進していくべきであると心から思う。
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by hiroaki_kakinuma | 2011-09-10 22:12 | 仕事
京都で観光の仕事をしている誰もが、どうやって京都の伝統産業を世界に発信していくか、そして世界の人々に買っていただくかということを考えます。

様々な関係者といろいろと話を聞いていると、共通して言えるのは、どうやら、
「伝統産業の個々をそのまま世界に持っていっては通用しない。ポイントは、日本の持つ伝統と巧みの技を如何に世界のそれぞれの国のライフスタイルに融合させるか」
ということのようです。

さてここで、メジャーリーグに目を向けてみましょう。

私の中で成功例として挙げたいのは、ヤンキース時代の松井秀喜選手です。(イチロー選手はある意味超越していますし、またチームは成功をしていないので敢えてはずします。)

松井選手の日本時代のイメージと言うと、何よりもホームランでした。それがメジャーリーグに行ってからは、長距離砲というイメージを捨て去り、それよりも勝負強いバッターというものが彼の代名詞になっています。
松井選手は渡米直後から、メジャーリーグ、そして名門ヤンキースの一員として生き残るために、当時持っていた自分自身の能力を自己分析して、バッティングスタイルを変えたのです。
このことが、松井選手はヤンキースのチームメートの信頼、そしてニューヨークのファンの心を掴み、2009年のワールドシリーズでの活躍に繋がったわけです。
(エンゼルス、アスレティックス移籍後は、認めたくはありませんが衰えもあると思いますが、チーム内でのポジショニングに迷いがある気がします。)

逆に日本ほどの活躍ができていない、というより自分自身の能力が活かしきれていないのが松坂大輔選手です。メジャーリーグでの投手の調整方法、試合での先発の役割(厳しい球数制限)などに、未だに対応できていません。

松井秀喜選手ほどの人間、ホームランという観点で日本を極めた人間でさえ、世界(メジャーリーグ)に進出した際には戦うフィールドに順応すべくスタイルを変化させたわけです。
このことは我々にも非常に重要な示唆を与えてくれる気がします。
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by hiroaki_kakinuma | 2011-05-23 23:00 | 仕事
「観光」と言えばフランス!!

いつもパリに住む先輩からフランスの「観光」に関するセンスの良さは聞いてはいましたが、先日発売されたミシュランのトラベルガイドの日本版には、そのセンスの良さが溢れていました。

一番現れているのが、日本の区域分けです。
・Tokyo et le Kanto
・Kyoto et le Kansai
       ・
       ・
       ・

注目は関西の部分です。
おそらく日本で作ったら行政の事情により、
「関西エリア」、「大阪とその周辺エリア」、「京阪神とその周辺エリア」…
せいぜいこんな感じでしょう。

さて、世界(特に欧米)のトラベラーはこれを見て理解できるでしょうか?
答えは「ノー」

やはり、世界(特に欧米)でのブランド力は「京都」なんです。
この場合の読者はフランスをはじめとする欧米のトラベラーなんですから、彼らの分かりやすいような構成にすることが必要不可欠です。

しかし、この当たり前のことが日本の行政はできないんです。
普段仕事をして、マーケットの需要よりも行政の事情を優先させる事例を多々見ていると、本当に日本の未来が心配になります。

僕は「京都中華思想」的な考えを持っているわけではありません。
持っているとすれば、「日本ラブ」な気持ちくらいです。

「観光立国」を目指すのであれば、その先人たるフランス人のマーケットに対するセンスを見習おうじゃないですか!!
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by hiroaki_kakinuma | 2011-05-17 11:31 | 仕事
スマートフォンをあまり勉強せずに海外に持っていくと大変なことになるらしい。。。
そんなことがつい最近分かった。自分自身が台湾出張(3月16~18日)に行くにあたって、色々とネットを調べてみた。

どうやらスマートフォンというものは、何もいじってなくても、パソコンと同期化したり、メールをサーバーからプッシュしたり、TwitterやFacebookアプリを入れていると更新してしまったり、と結構データ通信を行っているので、海外ローミング時に設定をoffにしていないと通信料は本当に半端ないらしい。

NTT Docomoもユーザーに注意喚起するために、関西空港にブースを構えて丁寧に説明を行っていた。最近では海外パケ放題なんてのも一日1500円くらいであるので、それに入るか、または海外で現地のSIMを入れるか、というのが主流なようである。
とはいえ、基本的には海外ではデータ通信をローミング時offにするのが原則なんだろう。

とするとである、海外でGoogle Mapは使えない、他のアプリも基本的にはほとんど使えない、という状況になる。

最近、観光庁をはじめ様々な人々が、スマートフォンを活用した受け入れ環境整備をとうたっている。無料wifiが完備されていれば、的を得た意見なのかもしれないが、現実的には日本にはwifiはまだまだ少ないし、データ通信料の問題はどのように考えているのだろうか?それとも僕が知らないだけで、通信料がかからずにそういったものはできるものなんでしょうか?

いずれにしても、自分自身は観光のデジタル化はあまり意味があると思っていない。観光の基本はあくまでアナログだと思う。人々がパリの街を歩くのにスマートフォンに目を凝らしている、というのはどうしても想像ができない。拙いフランス語を使ったり、英語を使ったりして、地元の人々とコミュニケーションを取りながら歩くのが旅の本質ではないだろうか。それで道を間違っても、後で振り返れば良い思い出だ。(僕もNYCの地下鉄のなまりのきつい英語のアナウンスのせいで、何度知らない場所に連れて行かれたことか・・・)

世の中すべてデジタルになればいいわけではない。アナログにこそ価値があるものもあると思う。観光なんてその良い例ではないだだろうか。
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by hiroaki_kakinuma | 2011-03-20 00:33 | 仕事
観光行政をつかさどってから3年が経とうとしているが、行政マンとして何が一番必要か、、、
必要不可欠な条件は、やはり「自分自身で遊べる人間」ということだと、最近改めて思う。

考えてみれば当たり前の話で、自分で旅行もしない人が他人の旅行の世話なんてできるわけないし、自分で有給休暇も取っていない人間が、休暇の分散化みたいな「お休みしましょう」キャンペーンを推進しても全く説得力がない。とんだ茶番だと思う。

日本人はライフ・ワークバランスが非常に悪い、とついつい思ってしまう。上司でも「○○君がいないと、××の仕事でなんかあったらどうするの??」という人が多いのではないだろうか? で、実際本当に「なんかある」確率なんてものは非常に低いし、たとえ「なんかあった」としても周りの人間がカバーすればいい話であるし、いざとなったら携帯もある時代だ。

ここは発想の転換をした方が必要ではないだろうか。
私は有給休暇を取って1週間旅行することは、観光行政においては特に2,3カ月分、いやそれ以上の業務に相当するとさえ思う。別に観光行政に限らなくても、私はすべてのビジネス領域において、グローバルな視点を身につける、視野を広げるという意味においては、一人一人が世界を見てくるということは今後の日本において本当に重要なことではないだろうかと思う。

昨日飲みの席で一緒した先輩の言葉、ニューヨークを旅した同僚のブログ、そうしたものに触れるとこう感じざるを得ない。
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by hiroaki_kakinuma | 2011-02-16 00:24 | 仕事
世間では、マスコミをはじめとして、観光ではとにかく「中国、中国」の大合唱である。
観光という分野は、素人(生意気言わせてもらいますが・・・)がどうしても口を挟みやすく、より一層「中国、中国」の大合唱が起きる。

中長期的にみれば中国は大事なマーケットだ、そして、欧米人に見向きもされない地方都市においてはその通りかも知れない。

だけど、世界に誇る観光都市「京都」においてまで、そんなことを言ってはいけない。

私は、絶対にEUを見るべきだと思う。周りの人間は知っていると思うが、私はEU信者だ。
理由は簡単・・・

・世界のヘゲモニーを握っているのは、やっぱり中国よりも欧米(EU)
・EUの人々は中国人の真似をしないけれど、中国人はEUの人々の行動パターンを真似る
・中国人の大衆は京都にラブコールを送っていないが、EUの大衆は京都にラブコールを送っている
・EUの旅行者の方が成熟していて、真の京都の魅力を探ろうとする
・中国の人口13億人というが、EU市場だって5億人を超える(中国で海外旅行が可能な人口は一体何人いるものか・・・)

と理由を挙げれば枚挙にいとまがない。

日常に例えれば、今の世間一般の京都の世論は、「世界的な女優に告白されているがそこは無視して、あまり自分に気もない将来大女優になる可能性を秘めた女性に求愛しよう!!」といったところか。

上の例えは冗談にしても、もうちょっと中国以外のマーケットも見るべきだと思う。その一つがEUだということを強く主張したい。
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by hiroaki_kakinuma | 2011-02-10 00:29 | 仕事
日本では、様々な分野で業界団体というものが存在するが、それがなんだか日本の発展を妨げているような気がしてならない(外国の状況は知りませんが…)。建設的な方向に作用するならまだしも、無駄に新規参入者を拒み既得権益を守ろうとしたり、特権階級意識だけを形成したり、とどうしてもネガティブなイメージが私にはついて回る。

私の中学・高校も、中学から300人、高校から100人という中高一貫校であり、中学からの持ち上がり組を「旧高」、高校編入組を「新高」と呼ぶ。高校一年生において初めてその旧高と新高が合流し、高校1年間だけは別クラスで2年以降は同じクラスになる。
わが校の最大のイベントである5月の運動会の高1の競技の騎馬戦においては、確かに「旧高は絶対に新高負けてはいけない」みたいな風潮もあったが(20年程前は「負けたら全身脱毛」とかいう過激なこともあったとか・・・)、それ以後、というかそれ以外においては、「旧高」も「新高」も全く区別なく、良い意味でお互いの価値観等も融合し、私はまさに「新高」による新しい風がわが母校をより良い学校に仕立て上げていると思う。

一つの学校の例と、経済界の業界団体を同じに扱うなということかもしれないが、世の中の物事というものは、自己変革だけではなかなか良くならないと思う。結局良くしてくれるのは、外部からの刺激だ。一人の人間を見たって、競争(外部からの刺激)があるからこそ、人間は成長するのだと思う。

そう考えると、業界団体における排他意識、特権階級意識は、本当にナンセンスとしか言いようがない。もっとマクロのレベルでいえば、日本資本、外国資本、というものを区別するのもどうなのだろうか・・・
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by hiroaki_kakinuma | 2010-12-23 22:56 | 仕事
今日は中国人のメディアの人々夕食を一緒した。

まず驚いたのが、女性陣、みんなバッグはエルメス。最近、日本のOL達が一時のエルメス、ヴィトンといった高級志向から、若干値段的にも手の届きやすいコーチなどのブランドに移っているのと比べると、隔世の感があった。
おそらく、日本人の消費者の方がよりマチュアになった、日本の購買力が落ちている(これだけ円高になったらどうでしょう・・・)、といった原因もあるのだろうが、とりあえず今日会った中国人女性はみんなエルメスのバッグに、ヴィトンの財布にって感じであった。

話を聞くと、フランスで購入した、東京で購入した、っていうことらしい。

そういえば、私がフランスに出張に行った時も、昨年まではギャラリー・ラファイエットのヴィトンのお店に入ろうと思っても、スルーで入れたのが、この間6月に訪れた時は入店制限があった。理由は一つ、中国人観光客の数が多すぎるから。
今や入店するには、必ず入り口で一つのグループにつきヴィトンのコンシェルジュ一人が随行しなければならないことになっているらしかった。
私も「Do you need Chinese, French or English?」と尋ねられた。まぁ、それだけ中国人が多いのだろう。
そして、日本人がほとんどウィンドウショッピング、買っても1品2品なのに対して、中国人は大きな袋が1つ2つの世界であった。

まぁ、これが現実なんだろう。
だけど、個人的には、だから日本の観光は中国人「だけ」をとにかく頑張らなければいけないんだ、とは1ミリたりとも思わない。
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by hiroaki_kakinuma | 2010-10-25 00:49 | 仕事
昨日仕事でイギリス人4人とディナーをした。その中でどうしてイギリス人があまり日本に観光に来ないのか、という話になった。

よく言われているように「日本という国が旅行で行くべき国であることを知らない」ということが大きな原因の一つであるようだが、もう一つが「せっかくアジアに行くんだったら、もっとアジアらしい国に・・・」ということがあるらしい。もっとブレイクダウンすれば、欧米からみたアジアのイメージと言えば、安い、エキゾティック、こんなことになるのだが、どうやら、日本のイメージはそのこととかけ離れてしまうらしい。

そもそも日本人ってアジアの中の日本っていう意識はどれだけあるのだろうか?

最近でこそアジアの国々の経済が急成長したこともあり、多くの日本人がアジアとの接点ということを意識し始めたと思うが、日本はアジアの一員であるということを心底どれだけの人が誇り(?)に思っているのだろうか。

自らの日常生活を省ってみて、「日本は地理的にはアジアに属するが、他のアジアの国々とはちょっと違うんだよ」って思っている人、意外と多くないですか?

歴史的に、アジアの国で一番最初に産業革命を起こし、欧米諸国にキャッチアップしたことや、タイと並んで唯一欧米列強からの侵略に耐え独立を維持したことに起因するのかもしれないが、私は多くの日本人がアジアの中での特別意識を持っていると思う。

こうした国民意識を反映してか、少なくとも観光に関しては、欧米人から見れば「日本はアジアらしくない国」ということのようである。

現在の経済の中では、成長著しいアジアマーケットの成長を取り込みやすいということで、「アジアの中の日本」ということが非常にチャンスに捉えられているが、残念ながら観光においては、このことが逆に大きなハンデになってしまっているようである。

今更日本が「アジアらしい国」になるのは無理であるし、その必要もない。地理的にアジアに存在することも変えようもない事実であるので、勝負はその中でどう日本らしさをだすか、日本をブランディングするか、そしてそれをグローバルに伝えていくか、ということであると思う。
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by hiroaki_kakinuma | 2010-10-14 23:11 | 仕事
たまには自分の考えを整理するためにブログを書くのも良いかなと思い、約2年ぶりの更新を。

今日仕事で人と話をしていて、観光行政の目的、と言うよりも、自分が「観光」を通じて何をしたいのか、ということが若干見えてきた気がする。

「観光客数」だけを追い求める政策、経済効果に偏った政策、国内観光を重視した政策等々に、若干の方向性のズレを感じていた自分であるが、結局自分が追い求めているのは、
『日本の素晴らしい「モノ」をglobalizeし、世界で価値を認めてもらう』
ことなのかなと感じた。自分の中では、そのための手段として「観光」もあるのかなと。

「モノ」という中には、伝統産品、旅館といったものから、もちろん電子機器などの先端産業も含まれる。個人の問題意識としては、日本には世界に通用する「モノ」があるのに、どうしてそれらがappreciateされていないのかということ。

具体的には例えば、日本の素晴らしき「旅館」というaccommodationにより多くの外国人が価値を見出し、実際に泊まってもらいたい。そうしたお手伝いが自分としてもできたらと心から思う。

今の仕事の中では少し理想を求めすぎ、そして方向性も違う気もするのだが、常にこうした自分の中での志というものは大切にしていきたいと思う。
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by hiroaki_kakinuma | 2010-10-05 23:10 | 仕事