真の「観光」の意義

どうも観光行政に携わっていると、行政の政策、新聞報道等々で違和感を感じることが多い。

・競い合って行われる各自治体の首長によるトッププロモーション
・政治的思惑が先行した「見せかけの」連携によるプロモーション
・震災復興を謳った政策目的の不明な補助制度の創設
などなど枚挙にいとまがない。

なぜこうしたことになってしまうのか?

大きな原因として、国家として観光を推進していくことの目的が、少子高齢化に直面した我が国の経済活性化の側面からのみ捉えられすぎなのではないかと思う。
自分自身、観光政策をもっと産業政策の観点から考えるべき(例:旅行業者のグローバル競争力の強化、ホテル・旅館業のグローバル化など)と思っているが、そうした議論ではなくもっと短絡的な思想が蔓延っている気がする。

こうした意味では、観光のアウトカムを人数「だけ」で測ること、そしてそのために中国人をとにかく誘致する、という考えは非常に浅はかだと思う。

僕が強調したいのは、まさに「観光」の語源にもある「国の光を観せる」ということだ。

日本という国は、文化、伝統、自然、食べ物などなど、そして何より人間、もっと世界に誇っていい国なのではないだろうか。外国人が日本を訪れて満足しないわけはない。きっと、日本が好きになって、そして、心がより豊かになって帰ってくれるはずだ。(外国人が心が豊かじゃない、と言っているわけではない)

より現実的な話をすれば、多くの外国人が本当の「日本」というものを理解してくれれば、経済面でも国家安全保障面でも、日本にとって良い方向に動かないはずがない。

観光政策というものを絶対に一時的な経済活性化策として捉えるべきではない。より長期的な国家プロジェクトとして多角的な視野で推進していくべきであると心から思う。
[PR]
by hiroaki_kakinuma | 2011-09-10 22:12 | 仕事